第43回 作文コンクール入賞作品
第43回 作文コンクール入賞作品

文部科学大臣賞受賞(全国第2位)

《島根県》島根大学教育学部附属中学校3年 岩見 涼
『勇気のタオル』

文部科学大臣賞受賞 夏休み、部活後の帰り道。三十五度を超える炎天下の中ではじっとしているだけでも汗は滝のように流れ、バスに乗ったときには着替えたTシャツすらも染み込んだ汗で重たくなっているほどだった。
 さすがにこのまま座るわけにもいかず、しかもバス内は優先席しか空いていなかったため、目的地に着くまで立つことに決めた。その日は大会直前の練習で気合が入っていたせいか、とてつもない疲労感に襲われ、立っていても眠気、怠さが一気に迫ってくるようだった。
 しばらくすると一人のおばあさんが私を見兼ねてか、普通の座席から優先席へと移動した。優先席は空いていても座りにくいだろうと考えてくださったのだろうか。驚いておばあさんを見ると目が合った。そして、
 「疲れているんでしょう?座りなさいな。」
と、笑顔で声をかけてくださった。一瞬声も出なかったが、すぐにハッとなって、
 「いえいえ。このまま座ったら汗で席が汚れちゃいます。」
と、申し訳なく思いやんわりと断った。するとおばあさんは少し考える素振りを見せ、
 「まだ綺麗だからよければ敷いて使って。」
と、持っていたバッグから花柄のフェイスタオルを私に差し出した。私はすぐに、
 「申し訳ないのでいいですよ。」
と、返したが、おばあさんは、
 「私はもう降りるからいいのよ。」
と、笑顔で言い、私にタオルを持たせてバスから降りていってしまった。あまりに一瞬の出来事だった。おかげでその後は座る事ができたが、心の中ではちゃんとお礼を言えなかったことへの後悔が渦巻いていた。
 あの一声をかけることに、どれだけの思いやりの心と勇気が必要だろうか。今の私だったら絶対にできないはずだ。もしかしたら誰も見ていないかもしれない。役に立てないときもあるかもしれない。そんな小さな親切でも受けた側の心がどれだけ温まるかを知った。私も思いやりの心を常に持ちながら、周りをよく見て、気付いたらすぐに行動に移せるような人になりたいと感じた。
 一週間ほど前にバスを利用したとき、松葉杖をついて乗ってくる女性の姿が見えた。満席だったため誰かが譲る必要があったが、優先席の人すら動く気配がないことを残念に思いながら、
 「ここで動かないと意味がない」
と、自分を奮い立たせ、勇気を出して立ち上がって声をかけた。そのときの女性の驚きの混じった笑顔と「ありがとう」の温かい響きは忘れることはないだろう。
 そして、おばあさんの親切を受けてから一ヶ月近くが経った。バスに乗るときはカバンの中に必ずあのタオルを入れている。いつかおばあさんにお返しし、思いのこもったお礼と、
 「あなたのおかげで私も小さな勇気を持つことができました。」
と、言える日を願って。

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